映画・テレビ

2013年12月12日 (木)

映画『標的の村』

F0110月、久しぶりに劇場で見た映画『標的の村』。
月に一度配信している「きょうりゅうや通信」のあとがきに書いた感想というか紹介というか、を自分用のメモとして再録しておきます。

=========

ロングランとなっている話題の映画『標的の村』
http://www.hyoteki.com/ を「ポレポレ東中野」で見てきました。
知っているつもりでいたけれど、映像で見る現地の状況は切迫した厳しいものでした。
ベトナム戦争時に枯葉剤を散布していたと初めて知って衝撃を受け、いろいろな想いがジワジワと湧き上がってきます。

沖縄本島北部のやんばる(山原)と言われる地域にある、東村・高江集落。
その集落を取り囲むように新たに6ヶ所のヘリパッド(ヘリコプターの離着陸帯)を建設。そこでは、あの墜落事故が多い「オスプレイ」の飛行訓練が行われる!?

住民への説明もないままに、強行される工事。
そこで、やむにやまれず座り込みをする住民を「通行妨害」で、国が訴えました。
訴状には、座り込みの現場に行ったこともない7歳の少女の名前が。
こういった国策に反対する住民を国が訴える弾圧・恫喝目的の裁判をアメリカではSLAPP(Strategic Lawsuit Against Pubric Participation)裁判と呼んで、多くの州で禁じられているのだそうです。日本には、これに相当する法律がありません。

全国各地で聞いたことのあるような、住民無視の「国策」という名の暴走を知らなかったですまないのは、東京電力の福島第一原子力発電所の大事故の現状をみれば、わかります。
関係ないと思っていても、自分たちにも降りかかってくることが、あちこちで起こっていますよね。「コワイ」と、思います。

==========

12月、慎重審議を求める多くの声を無視して、「特定秘密保護法案」が強行可決された今あらためて、この映画のシーンを思い返してしまいます。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2013年6月24日 (月)

無声映画とお刺身の盛り合わせ

山歩きのなかま・Sさんは、活動弁士のワークショップを続けておられて、年に一度の発表会。(4/28)
映画に合わせて弁士が、それぞれセリフやナレーションを考えて語るという活弁。語る弁士によって同じ映画でも、まったく印象が異なるおもしろさ
を楽しんだ。

200pxle_voyage_dans_la_lune今回、顔のある月面にロケットが刺さった画像が有名な『月世界旅行』(1902年フランス)を初めて全編見ることができた。

(画像は、ウィキペディアより)
この作品は、著作権が切れていて、インターネット上で動画を視聴することができるのだそう。

130428dscn4401いっしょに鑑賞した山遊会のみなさんと、帰りに足を延ばして、新井薬師へ。

130428dscn4405_3

130428dscn4408_4

駅近くの居酒屋さんでは、7名でも満足するほどのお刺身盛り合わせなどを囲んで、話に花が咲いた。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2012年10月27日 (土)

ミリキタニさん

ミリキタニさんが、21日に亡くなった、と昨日の夕刊に載っていた。
ジミー・ツトム・ミリキタニさん、彼を知ったのは、映画『ミリキタニの猫』を見て。

ニューヨークで路上生活を送る、いわゆる「ホームレス」の彼とこの映画の監督・リンダ・ハッテンドーフさんの出会いから始まる物語は、思いもかけぬ展開で、強い印象を残すものだった。

映画は、日系二世のアメリカ人、ミリキタニさんの人生の軌跡をカリフォルニア州、広島、ツールレーク強制収容所、ニューヨークとたどっていく。

2007年公開の映画の冒頭は、2001年9月11日、世界貿易センタービルが崩れ落ちる緊迫した路上で、いつもと同じように絵を描き続ける彼の姿からはじまる。
世界中で大きな反響のあった映画公開から5年。92歳だった。
戦争によって、まさに波乱万丈の人生を送った彼の最晩年は、こころ穏やかな日々であっただろうか。
合掌。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年7月12日 (火)

暑い夏には、びわ茶、麦茶がおいしい!

連日の猛暑に、早くも夏バテが心配になってきます。
私、昨夏ヒドク体調不良が続き、初めて「夏バテ」を経験しまして、この夏は特に用心しているところです。

00373big暑い夏は「麦茶」がおいしいですね。

小さな子どものころは、お砂糖を入れて甘くして飲んだような記憶もあるんですが、いまなら疲労回復に蜂蜜を入れてもよいかもしれません。
もちろん、そのままで充分麦の甘味がありますけれど。

「ハトムギ茶」もさっぱりして、渇いたノドにおいしいです。

民間治療、いわゆる自然療法では、万能薬となるビワ。
0073big「びわ茶」も、これまた夏の常備茶として、ぜひお手元に。

このびわ茶、山口県熊毛郡上関町にある祝島の無農薬栽培のびわの葉を使っています。

「祝島」は、瀬戸内海に浮かぶ小さな島。
いまや中国電力が原子力発電所の新規建設を計画(1982年)し、以来現在まで29年にわたる地元の粘り強い建設反対運動などによって、いまだ建設されていない地として注目されています。

“きょうりゅうや”でも、ちいさなちいさな応援の気持ちも込めて、開店以来、オンラインでの通信販売へとかわってからも、ずっと取り扱いを続けてきました。
なにより、安心でおいしいお茶ですし。

Photo祝島がどのようなところで、原発建設計画がどのようにすすめられて来たかなどは、映画『ミツバチの羽音と地球の回転』『祝の島(ほうりのしま)』をご覧になるとよいかと思います。

画像は、すでに上映終了したチラシですが、東京電力福島原子力発電所の事故のあと、両作品ともに、各地で自主上映会が盛んに催されています。


| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年3月26日 (金)

「難問」だからこそ、「答え」を考え続けようと思う。

L9784811807348もうずいぶん長いこと続けている読書会で、今月は『いのちに贈る超自立論を読んだ。

著者の安積遊歩(あさかゆうほ)さんは、生後約40日で「骨形成不全症」と診断され、幼少期より「治す」ための過酷な手術を受けた体験をもつ。
視力矯正のために「メガネ」を使うように、移動するために「車椅子」を使い、国内にとどまらず広くパワフルに活動している。

排泄介助を必要とする障碍者にとって、「プライバシー」はないも同然で、他者と関わることで日々の生活が成り立つ、生きていける。
「健常者」がプライバシーを守ることで、「孤立」や「孤独」を深めているのではないかという指摘に、「引きこもり」「貧困」「ホームレス」「自死」といった、さまざまな問題が思い浮かんだ。

ヒトは他人と関わるなかで生きている。
「ツライ!」「助けてほしい!」と言うことが許されない社会、「どうしました?」「大丈夫ですか?」と声をかけず見て見ぬフリをする社会、そんな寒々しい冷たい社会は居心地が悪い。

ヒトとヒトが関わることが大事だと再確認した読後まもなく見た、テレビ番組「命をめぐる対話 “暗闇の世界”で生きられますか」では、意識はあるのに、感覚はあるのに、他者と意思疎通ができない「閉じ込め状態」になったなら、人工呼吸器を外して死なせてほしい、という患者の訴えにどう応えるのかという重いテーマを扱っていた。

「生きている」とは、どういうことなのか。命は誰のものなのか。簡単には答えの出せない問いに、深く考え込んでしまった。
「医療技術の進歩」は、ヒトの病苦を減らしてくれる喜ばしいことのはず。
なのに、ヒトの生死を「誰が」「いつ」決めるのかという「重い選択」をつきつけることになってしまったのは、皮肉なことだ。


同じような選択の難しさは「生殖技術」にも「臓器移植」にも、当てはまること。
さらに、高度な医療技術を受けるのには高額な費用が必要となる、という多くの問題に必ずといっていいほど、つきまとう経済格差の問題をどうするのか。

生老病死の問題は、よほど気をつけないとアブナイ。うっかりすると「優生思想」にからめとられてしまいそう。よく使われている「かわいそう」とか「お気の毒」という言い方には、よくよく注意しなくては。

答えに「正解」はないけれど、どうすればよいのか、自分はどうするのか、考えずにはいられない。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年11月 5日 (木)

オスカーのおうちは、ゴミ箱でしたね。

Cookie_monsterhp_2いつも使っている検索、Googleのタイトル部分が、今日はクッキーモンスターでした。
これは、「セサミストリート」というアメリカの子ども向けテレビ番組に出てくるキャラクター。
名前のとおり、クッキーが大好きなモンスターで、「クッキー!」と喜びの声をあげて番組の進行状況にはおかまいなしに、ムシャムシャとクッキーをむさぼり食べるさまが愉快でした。

さて、この番組、アメリカで1969年に誕生して以来、今年で40周年なのだそうです。日本でも、1971年~2004年まで、30年以上も放映されていました。
英語の勉強と称して、私もある時期は、よく見ていましたね。
たしか夏休みにやっていたような記憶があります。
登場する多彩なキャラクターのマペット(人形)が魅力的で、出てくる人物が子どもからおとなまで皮膚の色も幅広く、英語とスペイン語が飛び交う異空間って感じも楽しかった。

ずっと番組が続いていたとは、驚きました。


| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年4月17日 (金)

介護の達人になる!?

NHKテレビの「ためしてガッテン」という番組で、「断然ラク!自宅の介護 負担激減のミラクル技」を見た。
高齢で、あるいは脳梗塞など病気の後遺症で、寝返りやベッドから起き上がったり、車椅子に乗ったりといった動作に介助が必要となった際に、介助者も介助される方も、ちょっとしたコツで、負担が軽くなるという内容。

要は、力任せに動かすのではなく、寝返りや立ったり座ったりする際の人の動きに合わせた介助を行なうことがポイントのようだ。
解説とともに、画面で実際に行なう介助動作を見て、「なるほど」と、自分にも必要となったときに使えるように、真剣に見た。

また番組では、家族による介護を続けるうえでの「精神的負担」を減らすための工夫も、取り上げていた。
再放送もあるようなので、興味のある方にはおすすめです。

総合テレビ 4月21日(火)午後4時05分~4時50分
BS2     4月23日(木)午前8時15分~9時00分

家族が倒れたときに、「介護の達人になる」ために情報を集めるのは、すごく「当たり前のこと」にも思えますが、どうなのでしょうか?

1987年に24時間365日の在宅福祉サービスをはじめた石川治江さんの講演を聴く機会があり、著書『介護はプロに、家族は愛を』を読んだ。

Img_1375_5

このところ、舛添厚生労働大臣がしきりに言っていたのは、この本のタイトルだったのですね。

石川さんは、「福祉とは社会システムです。」と強調されていた。
だから、システムをきちんと整えることが必要なのだ、と。
病気で、事故で、高齢となって、さまざまな理由から介護が必要となったときに、地域でくらしていくことができる仕組みが福祉。

必要とされるサービスをいかに提供していくか、使い勝手のよい仕組みつくりを考え、また作った制度を上手につかいこなしていくためには、「おまかせ」ではなく、わたしたちもいっしょに知恵をしぼらなくてはいけないな、と思いました。

ケガをしたり、病気になったときには、専門家である医師に治療してもらいます。介護が必要になったときにも、専門家のサポートを求めることが、「当たり前のこと」になるように、頭では理解できても、まだ残っている「家族なんだから」という自分の意識を変えていく訓練が私にも必要ですね。「介護するとき」「介護されるとき」にいまから備えることにします。

| | コメント (0) | トラックバック (0)