書籍・雑誌

2016年8月17日 (水)

絵本『あいつはトラだ!』

先日、「みたか子どもの本・九条の会」主催の下記イベントがありました。

子どもたちに手わたしたい平和なあした
「平和と戦争をめぐる絵本展」


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土曜日の夕方に行ったところ、ちょうど絵本の読み聞かせがはじまり、そのなかで強く印象に残ったのが『あいつはトラだ! ~ベリゼールのはなし~
』  ガエタン・ドレムス 著  野坂悦子 翻訳 講談社 でした。

51zi3plvtml_2ベリゼールは、おいしいと評判のパン屋さん。子どもたちにもやさしく、お話が上手で、夜は劇場で大活躍。町のみんなから好かれていました。

ある日、服を脱いで、シマシマのトラ柄で舞台に現れたベリゼールを見たおとなたちが、急にベリゼールがトラであることを意識しはじめます。
「あいつはトラだ。」「猛獣だ。」「キケンだ。」と。

以前となにも変わらず、おいしいパンを焼き、楽しい話しをするベリゼールをおとなたちは怖れ、避けるようになります。
どんどん追い詰められていくベリゼール。
この窮地を救おうと起ちあがったのは、子どもたちでした。

お話の最後には、「にやっ」とさせるオチもあって、これから何度も、トラのパン屋さん、ベリゼールのお話しを思い出すことになりそうです。

*Dさん、すてきな絵本を紹介していただき、ありがとうございました。

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2014年8月28日 (木)

医は仁術

上野の国立科学博物館、特別展「医は仁術」、会期が終わる直前になんとか行ってきました。(6/13)

現代からみると、限られた医療知識で、レントゲンなどもなかった江戸時代に、当時の人たちが、どのように病気やケガを治していたのか、とても興味深い展示でした。
なかでも腑分け絵図(解剖図)には、
内臓の各部位が色も鮮やかに描かれていて、目を引き付けられました。

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こちらは、木で作った木製の全身骨格です。
中国から入った漢方、西洋から入った蘭方、その両者を巧みに取り入れて、病に向き合ってきたのですね。

今でいう予防医学を説いた貝原益軒の『養生訓』。書名しか知らず、ちゃんと読んだことがなかったので、この機会に読もうと思ったのですが、展示を見た帰りの書店で見つからず、そのままでした。また探そうっと。
その書には、「医は仁術なり。仁愛の心を本とし、人を救ふを以て志とすべし。」とあるとか。

140613dscn5836 貝原益軒が編纂した『大和本草』。計21巻。
絵だけ眺めても、おもしろそう。

写真左ページ手前は、カブトガニです。
いまや、その青い血液が、毒性の検査薬として、ヒトにとって有益で貴重なモノとして注目されるようになるとは、江戸時代には思いもよらなかったことでしょうね。

140613dscn5837 当時の薬屋さんの看板です。

鬼の胴体には、「はらいたのくすり」とあります。

ちょっとユーモラスで、鬼なのに、かわいらしい感じがします。

当時、病に伏したときに駆け込むことのできた、公の無料医療施設が、「小石川養生所」。山本周五郎の『赤ひげ診療譚』の題材になったのが、ここ。

現代の医療や社会福祉には、「仁」が足りないのではないでしょうかね。

140613dscn5841 会場には、戦国時代に書かれた馬の養生書も展示されてました。

*後日に読んだ、小学館新書 『命の格差は止められるか ハーバード日本人教授の、世界が注目する授業』イチロー・カワチ 著 には、「格差はストレスを生み、信頼や絆を損ね、寿命を縮める。」とありました。衛生状態や医療技術が向上しただけでは、健康で長寿とはならないことを客観的なデータで検証していて、健康とか幸せとかを考えるうえで、おもしろい本でした。

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2013年1月18日 (金)

やさい応援団!?

Photo_4なんとおいしそうなキャベツだこと。

とても身近な野菜で、煮ても炒めても、生のまま千切りにして揚げ物の付け合せにと、数えきれないくらい何度も、おいしくいただいてきたキャベツ。

『まるごとキャベツ』の書名のとおり、葉っぱが巻く仕組みに、どのように伝来したのか、なかまの野菜の紹介、おいしい料理のいろいろとか、ちょっとした「キャベツ博士」になれちゃいます。
キャベツの花(って、見たことないかも)を見ると、まさに「アブラナ科」の植物だっていうのがよくわかりますねー。

絵図解やさい応援団シリーズの第一巻だそうで、このあと、どんな野菜が取り上げられるのか楽しみ。

*野菜については、『野菜学入門』『野菜物語』もどうぞ。

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2012年5月18日 (金)

イモムシふたたび

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5月も半ばに入って、日中は半袖でも汗をかくような気温になってきました。

花も木もぐんぐんと新しい芽を伸ばし、鳥の鳴き声さえも、初夏の陽気を喜んでいるかのようです。

ついこのあいだ『イモムシハンドブック』のことを書いたばかりでしたが、ほぼ同じころに第二弾イモムシハンドブック ②』が出版されました!
苦手な方には、たびたび申し訳ありません。

この姿かたちから、チョウやガへと変わっていくのですから、なんとも不思議です。

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2012年5月13日 (日)

市民が情報を発信する手立て

4/11(木)、「ポスト311時代のメディアとは~公共的なメディアを取り戻す作戦会議~に参加した。
これは、NPO法人OurPlanetTV(非営利のインターネット放送局)の代表・白石草さんが、放送ウーマン賞2011を受賞したのを記念して「緊急企画!」と銘うったシンポジウムであった。

パネリスト、コーディネータは、下記の面々。
◆コーディネータ
野中ともよさん(NPO法人ガイア・イニシアティブ代表)
◆パネリスト
アイリーン・美緒子・スミスさん(環境NGOグリーン・アクション代表)
上野千鶴子さん(社会学者/NPO法人WAN理事長/東京大学名誉教授)
鎌仲ひとみさん(映画監督/映画「みつばちの羽音と地球の回転」ほか制作)
野呂法夫さん(東京新聞特報部デスク)
隈元信一さん(朝日新聞編集委員/「原発とメディア」執筆中)
白石草さん(OurPlanetTV代表)
◆飛び入り出演
堀潤さん(NHKアナウンサー)

インターネットが個人で使えるようになってきた今、市民が手軽に情報を発信する手立てを持てたことに感慨を覚えていた私でも、インターネット環境を持たない人との情報格差の問題は気になっていた。
ところが、世界には、市民が公共の電波にアクセスする権利を得て、表現の担い手となる「パブリックアクセス」を実現する「市民チャンネル」が、すでに少なからずあるのだという。
市民が自由に使えるスタジオがあり、映像作りを学べるワークショップにも参加できて、必要な基材を無料で貸し出してくれる。市民が自由に意見をラジオやテレビから発信できるなんてすごい。

Photo_2メディアの「公共性」ということを考えれば、この国でも、市民が発信できるメディア環境を確保するように要求すればよいのだとは、いままで私は思い到らなかった。
多様な市民の意見(声)が、ラジオやテレビといった身近なメディアから聴こえてくるなんて、想うだけで楽しくなってくる。

もっと詳しく知りたい方は、『メディアをつくる 「小さな声」を伝えるために』岩波ブックレットをお読みください。また、当日の様子は、こちらで見られるので、どうぞ。

昨年の大震災以来、「もうマスコミなんて信用できない」と思っていたので、ドシャブリの雨の中へと、会場をあとにしながら、「公共的なメディアを取り戻す」にはどうすればよいのかな、と考えていた。

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2011年12月 5日 (月)

『言葉のちから』プロジェクト

障がいのある方たちが、「東日本大震災の被災地に、泥かきや瓦礫撤去には行けないけれど、言葉で被災された方たちを応援したい」と全国から寄せられた詩。

Photo そのなかから32編に、宮城県仙台市の「ハート&空間 ビーアイ」で、活動する子どもたちが挿絵を描いた詩集『言葉のちから』。

 2冊セットで購入し、1冊は被災された方へ届ける、という配布方法も、よいですね。もちろん、1冊ずつ購入することもできます。

 くわしくは、たんぽぽの家「言葉の力」プロジェクトをご覧ください。

 ページを開くと、こんな感じです。

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2011年6月 4日 (土)

『までいの力』

福島県飯舘村(ふくしまけんいいたてむら)。

Photo 3.11.の大震災以来、多くの人が、はじめて知ることとなった(のではないかと思う)村。
何十年もの手間ひま掛けて、まさに「までい」に築きあげてきた村の営みを紹介する本書のページを開くとき、なぜ村民が「計画的避難地域」という無機的な言葉のもと、故郷を追われねばならないのかと、哀しみと怒りを感じずには、いられない。

目次
●プロローグ
●ようこそ飯舘村へ
●までいと出会うまで
●までいの実践
 いいたて流最新子育て制度
 村営の本屋さん「ほんの森いいたて」
 全国から心が寄せられた絵本リレー
 小さい村だからできる教育
 ラオスに学校を作ろう
 村全体で見守る子どもの食育
 心を添えた直売所
 全国から愛が集まった愛の句碑の道
 ぐるりと一周 あいの沢散策
 自然の中の村の宿泊体験館「きこり」
 飯舘人がもてなす、ど田舎体験
 思いやりのまでいなピンポンラリー
 飯舘村立飯樋小学校舎の試み
 中学生自ら企画、自らデザイン
 未来を担うジュニアリーダーとともに
 までいな家をのぞいてごらん
 間伐材のチップボイラー導入
 村の公募債で新しいバス
 公用車の電気自動車貸し出します
 まるで家のような「いいたてホーム」
 検診もあんしん!村でもMRl
 光インターネット回線敷設
 新旧創作レシピ
●いいたての女性たち
 若妻の翼
 飯舘の女性起業家
●飯舘の先駆者たち
 若者の力で村を動かす!夢想塾
 そばを愛する熱き同士たち『愚真会』
 「日本でもっとも美しい村」連合加盟
●「までいユニット応援団」
●あとがき

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“までい”とは、「真手(まて)」という古語が語源で、左右揃った手、両手の意味だそう。
それが転じて、手間ひま惜しまず、丁寧に心をこめて、つつましく、という意味で東北地方で使われている。

書店も図書館もない村で、村営の本屋さん「ほんの森いいたて」をつくり、村内産食材を100%使った給食を試み、電気自動車を公用車として導入し、村民や来村者への貸し出しもする。
農家民宿、レストラン、自家焙煎の喫茶店、じゃがいものオリジナル商品開発、米粉パン製造、自然農園と、村では女性起業家が元気に活躍している。

25年も前から、夢想塾という「ルールを作らないことがルール」という自由な集まりで、村民がじっくりと時間をかけて語り合い、意見をぶつけあう。
そうやって作り上げた、
人口6,200人ほどの高原の美しい村、飯舘村

本のページを繰るごとに、美しいカラー写真で紹介される村のくらし。
いま、飯舘村の方々は、どこでどうしておられるのかと、想う。
この本には、2011年3月11日午後2時46分以前の美しい飯舘村の姿がある。

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2011年4月 8日 (金)

『やまざくらとえなが』

いきものつながりアート展のおなかま、おおたぐろ まり さん作 ちいさなかがくのとも『やまざくらとえなが』が出来ました。

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まさに時は春。
うちの近所の桜(ソメイヨシノ?)も、満開です。

この絵本、えほんをおくろう。えがおをおくろう。東日本大震災で被災した子どもたちのために、
「ユニセフちっちゃな図書館プロジェクト」
(4/5締切り)絵本を送って!
に、参加したそうです。

まだ寒さが厳しい東北に、今年は厳しい春となります。
この絵本を送るプロジェクトのように、いろいろなかたちで「春」を届け、長期に渡る支援が必要ですね。

昨夜半の大きな揺れ、どうかもうこれ以上ヒドイことが起こりませんように、と祈るような気持ちです。

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2011年2月 9日 (水)

「花とハーブの里」

先週、近くにある「すぺーすはちのこ」さんで、「 六ヶ所村から、菊川慶子さんをお招きして ・・・DVD上映とお話し・・・ 」という会に参加した。

「六ヶ所村」というのは、青森県下北半島にある、核燃料サイクル基地*が建設され、稼動が予定されているところ。
菊川さんは、そこで「花とハーブの里」を設立して、「核燃に頼らない村づくり」に励まれている。

私が菊川さんを知ったのは、映画『六ヶ所村ラプソディー』に登場しているのを見て。
毎年開催しているという「チューリップまつり」の映像と菊川さんの穏やかな笑顔が印象に残っていた。

0001_2さて当日、映画での印象よりもさらに静かな物腰の菊川さんが、人口わずか11,000人ほどの、いまや「核燃城下町」といった様相となった村で、「核燃反対」を続けることのスゴサを想像してみた。

チェルノブイリの事故を契機に、ふるさと六ヶ所村が放射能汚染の危機にさらされるのを停めようと帰郷され、有機無農薬栽培での農業をはじめながら、核燃反対運動へ。
希望と落胆とがあり、緊張の日々が続くことも多かったのではないかと思う。

そんな心情を想いながら『六ヶ所村 ふるさとを吹く風』を読みはじめたところ。

Photo地場産業を育成して雇用を創出し、持続可能なスロービジネスを作りたいと、いま力を入れているのが、ルバーブ栽培とジャムつくりだそう。
久しぶりに食べた「ルバーブジャム」は、ちょっぴり酸っぱくておいしいジャムでした。

お話で気になったのが、体調を崩されて冬のあいだは、六ヶ所村を離れていらっしゃるとのこと。
どうか、お身体をたいせつに。これからもしなやかに続けられるであろう活動にエールを送ります。
みなさん、まずは
「花とハーブの里」にルバーブジャムを注文してみてください。

*「核燃料サイクル基地」とは、原子力発電所から出る使用済み核燃料の中に残ったウランやプルトニウムを再処理して取り出し、再び原子力発電所の燃料として使う計画で、「再処理工場」、「ウラン濃縮工場」、「低レベル放射性廃棄物埋設施設」、「高レベル放射性廃棄物貯蔵施設」からなる。

もっと詳しく知りたい方には、『六ヶ所村の記録』 鎌田慧 著 講談社文庫 をおすすめします。

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2010年3月26日 (金)

「難問」だからこそ、「答え」を考え続けようと思う。

L9784811807348もうずいぶん長いこと続けている読書会で、今月は『いのちに贈る超自立論を読んだ。

著者の安積遊歩(あさかゆうほ)さんは、生後約40日で「骨形成不全症」と診断され、幼少期より「治す」ための過酷な手術を受けた体験をもつ。
視力矯正のために「メガネ」を使うように、移動するために「車椅子」を使い、国内にとどまらず広くパワフルに活動している。

排泄介助を必要とする障碍者にとって、「プライバシー」はないも同然で、他者と関わることで日々の生活が成り立つ、生きていける。
「健常者」がプライバシーを守ることで、「孤立」や「孤独」を深めているのではないかという指摘に、「引きこもり」「貧困」「ホームレス」「自死」といった、さまざまな問題が思い浮かんだ。

ヒトは他人と関わるなかで生きている。
「ツライ!」「助けてほしい!」と言うことが許されない社会、「どうしました?」「大丈夫ですか?」と声をかけず見て見ぬフリをする社会、そんな寒々しい冷たい社会は居心地が悪い。

ヒトとヒトが関わることが大事だと再確認した読後まもなく見た、テレビ番組「命をめぐる対話 “暗闇の世界”で生きられますか」では、意識はあるのに、感覚はあるのに、他者と意思疎通ができない「閉じ込め状態」になったなら、人工呼吸器を外して死なせてほしい、という患者の訴えにどう応えるのかという重いテーマを扱っていた。

「生きている」とは、どういうことなのか。命は誰のものなのか。簡単には答えの出せない問いに、深く考え込んでしまった。
「医療技術の進歩」は、ヒトの病苦を減らしてくれる喜ばしいことのはず。
なのに、ヒトの生死を「誰が」「いつ」決めるのかという「重い選択」をつきつけることになってしまったのは、皮肉なことだ。


同じような選択の難しさは「生殖技術」にも「臓器移植」にも、当てはまること。
さらに、高度な医療技術を受けるのには高額な費用が必要となる、という多くの問題に必ずといっていいほど、つきまとう経済格差の問題をどうするのか。

生老病死の問題は、よほど気をつけないとアブナイ。うっかりすると「優生思想」にからめとられてしまいそう。よく使われている「かわいそう」とか「お気の毒」という言い方には、よくよく注意しなくては。

答えに「正解」はないけれど、どうすればよいのか、自分はどうするのか、考えずにはいられない。

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